現実世界という強制スクロールステージでの現状維持とはなにか?

先日ネットを見てみたら、スーパーマリオブラザーズが35周年を迎えたそうですね。

ということもあり、マリオを久しぶりにプレイ。

やってみるとマリオはゲーム世界でせっせと頑張っています。

が、見てみると案外現実世界とリンクするところもあるなと思ってみたり。

今日はそんなゲーム世界と現実世界を見てみての感じたことについての記事です。

 

ゲームの世界でも難しい強制スクロールステージ

マリオと戯れるとわかる強制スクロールステージの難しさ。

多くはマリオが進んでいくと、それに合わせてステージはスクロールしていきます。

ただ、たまに出てくるのが強制スクロールステージ。

勝手にステージがゆっくりとスクロールしていくステージですね。

今いる足場にいつまでもいると、迫りくるテレビ端に追い詰められて落ちていきます。

せわしなくて僕は苦手

そんなステージをプレイするのは案外大変。

そんなに早いスピードではないものの、いつの間にか足場が消えていっている。

迫りくるテレビ端。

それを気にしながら次の足場を探します。

ゲームなので敵キャラや障害物も出てきますね。

飛んだり、踏みつけたりといろいろと忙しない感じです。

 

現実世界も強制スクロールステージ

そんなステージをプレイしていると、まるで現実世界みたいだなと。

後ろから迫りくる老いや時間。

そんな後ろから追われる現実世界で、僕らはプレイヤーとして存在します。

そして行く手を阻むトラブル。

前にいるのはゲーム世界では敵キャラや段差などの障害物でしょうが、現実世界では個人の持つ色々な課題やトラブルみたいだなと。

僕らの生活・人生も強制スクロールステージ

別に現実の世界をゲームとして捕らえろというわけではありません。

ただ、ゲームに反映された現実世界の要素もあるもんだなと。

僕らの生活や人生も後ろから追われるものは色々とあるもの。

それがプライベートか仕事か。

個人としてなのか家族としてなのか。

捉えようとする括りが違えば追われるものは違いますが、それぞれに追いかけてくるものは何かしらあるもんだなと思います。

 

プレイしていると感じるストレス

先に書いたようにゲームで強制スクロールステージをプレイしていると少し焦ります。

せわしなく次の対応を迫られるからですね。

現実世界も強制スクロールステージだと捉えるのなら、おそらく僕らはそれに何かしら陰性の感情を持つのも頷けるなあと思ってみたりします。

マリオが飛び移る足場の確保、前からの障害への対処。

現実世界でも老いや時間に合わせた計画的行動、自身の持つ課題への対処。

何故かマリオのストレスレベルはどれほどだろうと考えたりしますね。

 

時に人は現状維持を望む

さて、そんなストレスとなる強制スクロールステージ。

現実世界ではそんな勝手に動き続ける状況に、現状維持と言って対応しない人もいます。

後ろから老いや時間は迫りくるのに現状維持を望むということ。

これはいかに現実にそぐわないことかはよく考えればわかるはずです。

 

現状維持をしたいのなら…

現状維持を求めるのであれば変化は必要となります。

例えば足場を飛び移るマリオのように、自分の足場を得る行動をしなければいけません。

また前に迫る課題には、マリオのように踏みつけるかうまく交わすことも必要。

多くの相談者は現状維持とは「今の生活が維持したい」ことを指している。

それならば老いや時間の制限、数あるトラブルを解消する必要があるのは言うまでもありません。

変化しなければどうなるか?

ストレスになることを避けたい人は多いです。

変化は大小違えど、ストレスを感じます。

そのため相談者の中には変化を好まない人も多くいます。

では変化しなければどうなるか。

マリオを見ていれば分かりますよね。

わからない人はマリオの強制スクロールステージをプレイしてみればわかるはずです。

実際にプレイしてみると

マリオの強制スクロールステージをプレイしてみるとするなら…。

プレイと言えるかどうかはわかりませんが。

ステージが始まったらそのまま形だけの「現状維持」してみましょう。

そのままの位置でいればどうなるかと言えば…

「落ちる」わけです。

もしくは前からきた敵キャラにぶつかってゲームオーバーになることも。

 

現状維持したい人の中には

現状維持を望んで相談してくる人の中には「現状維持」の意味を間違っている人も。

もしくは、自分がしたいことを「現状維持」という間違った言葉で表現しているかです。

現在の生活を保つのが現状維持。

何もしないという選択は、言葉通り「何もしない」ことでしかないということです。

現状維持なんて言わずに「何もしない」といったほうがわかりやすい。

言葉で考えるのなら

ここで語弊がないように書いておくとするとしたら…。

「何もしない」ということもある意味、現状維持であったりもします。

今まで何もしなくても生活が維持できたのであればその通りですよね。

ただ、話している内容を聞くと「生活を維持したい」ということが多いです。

ということは、「何もしない」と「生活を維持したい」ということを分けるとするなら上のような表現の違いを出していったほうがわかりやすいだろうなと思います。

 

強制スクロールステージの現実で現状維持するなら

さて、そんな現状維持を求めている人がすべきこと。

前述した内容からのつながりで考えるのなら必要なのは「変化」。

これについても少し書いておこうかと思います。

必要なのは変化

現在の「生活を維持」したいのであれば変化は必要です。

前から課題は来なくとも、後ろから老いや時間制限は迫ってきますからね。

マリオも敵はいなくとも、しっかりと前の足場に飛び移っていきますからね。

何もしないのなら落ちていくだけです。

変化を起こすなら早いほうが良い

これもマリオをやってみればわかりますが…。

跳び移るのであれば早いほうが助走をつけて楽に跳び移ることができます。

遅くなればなるほど助走はつけられない。

長年鍛えられているマリオでも、飛べる高さや距離は決まっていますからね。

僕らも同じく早いうちに対応すれば助走をつけられます。

助走をつければしばらく対処しなくても良い方法を選び実行することもできます。

しばらくストレスなく生活できる環境を手に入れられることだってあるんです。

前からの課題は対応するか受け流すことも

僕らが生きていくからには何かしらの課題は出てきます。

それをどうするか。

マリオはそれを踏みつけてやっつけるかうまく交わして逃げます。

いずれも足場がちゃんとしていることでできるわけです。

早めに対応すると課題にも万全の状態で対処できるようになるんですね。

 

強制スクロールステージのような現実世界では「変化」が大事

ということで、今回も長くなってきたのでここまで。

マリオの頑張る世界と同じで僕らのいる現実世界も強制スクロールステージのようなものです。

その中で現状維持するというのは当然そのステージで生き残ることを意味しています。

そうであるならば、やはり「変化」は必要。

必要なら次の足場に跳び移らなければ行けない時は来ます。

課題が前から来たのなら対処する他ないのです。

できることなら、そういった「変化」を受け入れて少しずつ余裕を持って対処できるようになり、現実世界という強制スクロールステージでもうまくクリアしていけると良いですよね。