【大枠把握】仕事もお金も法律も全体像から見ていこう

こんにちは、リュウです。

僕は普段就労継続支援B型の事業所と母体となっているNPO法人の運営をしています。

相談員や法人代表という仕事柄、色々な相談をうけることが多いのです。

そんな中で本当に難しい相談というのはごく僅かなものであって、大半は本人の理解の不足であったり、めんどくささが影響して相談している人の重い腰が上がらないことによるもの。

これって障害があってもなくてもおなじ。

ただ、これって「理解=たいへん」という固定観念がそうしているのであって、きちんと決まった方式で取り組めば案外かんたんに解決するものも少なくないわけです。

ということで、今回はそうした固定観念を変えていく、理解する際に必要なステップについてのお話です。

仕事もお金も法律も全体像から見ていこう

普段の相談場面ではとてもひろい分野について相談を受けるのですが、実際に相談を受けてみて思うのは「全体像の把握」というのが一番初めになされることの必要性です。

相談の種類は色々あり仕事やお金、法律や制度に関してとそれぞれ違う。

それでも共通しているのは「全体像の把握」であって、大枠の把握をしていくことが物事の理解における過程では大事なポイントだといえます。

「理解=たいへん」という固定観念

先に書いたように「理解=たいへん」という固定観念には、物事の詳細を理解する上で起き得ることを固定化したものです。

たとえばプログラミングなんかは最近ではとても広く学ばれるようになってきましたが…。

プログラミングは色々な言語があり、言語ごとに得意分野が違います。言語によって得意な処理があると言えば良いでしょうか。

それを1つひとつ使い分けるということはたいへんなことであり、その言語ごとの文法もあるのでたいへんなのはあながち間違いではありません。

しかしながら、プログラミング自体を理解するというのはそんなに難しいことではありません。

プログラミングとは「人がPCに命令を出すために専用の言語で命令を出しているに過ぎない」ということから理解したらどうでしょうか?

そんなに大変なことではないですよね?

つまり、細かく見ていくとたいへんなのは当たり前であって、全体像を把握するというのはそれほど大変ではないわけです。

何についても細かく理解するのは大変なもの

細かく理解していくというのは大変です。プログラミングでなくともです。

たとえばお金に関して細かく理解していくとなると投資方法を学んだり、1つひとつの投資方法のリスクや利率などを理解するのは大変なものですよね。

また、福祉の制度であれば人員配置の計算などはややこしい部分もあるため、それらを理解するのも大変でしょう。

あなたが学びたいこと・興味があることでも、そのまた逆に学びたいと思えないこと、興味がないことでも同じ。

結局、物事の細部にまで理解するというのは非常に大変なわけです。

大変<めんどくさい

何に対しても細かく理解するのは当然たいへんであると同時に面倒なんです。

しかしながら、大変だからといって何に関しても理解していないかと言うとそんな訳はないですよね。

小学生が学校の勉強内容に細かく理解しようとすることはそんなに多くはないですが、一方でテレビゲームやYou Tubeなどの使い方に関して細かく理解しようとすることはよくあること。

大人もそんなところありますよね?

つまりは大変とかどうとかよりもめんどくさいというのが本音かなと思います。

「理解=たいへん」とは思っていても好きなことに対してはたいていの人はとりくむわけです。興味がある場合も同じ。

たいへんだなんだというよりも、結局のところめんどくさいと感じたり、興味がなかったりするからやらないということが多いんですよ。

それを正直な言葉として言えないから「たいへんそう」とか言ってしまう。

めんどくさいし興味もないから理解できず、進んで理解しようともしないんです。

そもそも世の中は「大枠把握」でもやっていける

本来の話としてあったのは「理解=たいへん」。

それに対してここまで色々と書いてきましたが、ひとまずまとめておきましょう。

  • 「理解=たいへん」というのはあくまでも細かいことを理解することに関してのこと
  • 全体像としての理解は「かんたん」
  • 細かいことへの理解は「好き嫌い」や「興味関心の有無」が関係する

まとめるとこんなかんじ。

さて、ではそもそも細かいことまで理解する必要はあるかどうか。

これって本当にそもそも論なんですが…そこまで理解が必要なことって生活していく上ではないんですよね。

世の中「大枠把握」で十分やっていけるんです。

日頃からどのくらい理解が必要とされていますか?

振り返ってみるとどうでしょう?みなさんは日頃からどれほど理解をもとめられていますか?

たとえば、スマホやネット回線の契約についてはどうでしょう?

自分の使っているスマホプランの内容、データ容量や無料通話料、更新月とかって覚えていますかね?更新づき以外での解約ではいくら違約金が発生するかなどわかっていますかね?

ネット回線であれば、何年契約で月いくらの金額か、違約金だけでなく通信回線の速度等どの程度になっているかわかっていますか?

おそらく契約の時に説明を受けているのでうっすら覚えている人もいるとは思いますが、正確な答えを自信をもって答えられることってあまりないんですよね。

確認すればいい話だよね

では、答えられないからって何か問題になりますかね?

スマホの更新月は変更したいなって思うこともあるので覚えておきたいところですが、料金プランとかはざっくりじゃないですか?

ネット回線だってざっくりでOKだし、通信回線の速度なんて…プロゲーマとかならしっかりと覚えておきたいところですが、そもそもそんなコト覚えておかなくても生活にそんなに大きな問題はないですよね。

そして困ったら確認すればいいだけ。今どき契約書が手元で無くても、ネットで確認できる時代ですからね。

想定と実際の必要性は一致していないこともある

ここまで書けば多くの人は気づくとは思いますが、今回の記事タイトルにもあるように「大枠把握」が大事なんですよね。

新しいものを学ぶ、理解するという過程に対して人は先に書いたようにネガティブにとらえることがあります。

確かに細部まで理解するとなると何に対しても「たいへん」と感じるもので、好みや興味・関心がないものに対してはなおさらです。

しかしながら、そもそも細部まで理解する必要はないわけで事足りることが多いのです。

「自分の想定した理解」と「必要とされる(ている)理解」での度合いが違うことがあるということなんですよね。

必要のない度合いの理解に怖気づくと損をする

必要のない度合いにまで理解しなければいけないととらえる傾向にある人は往々にして損をする傾向にあると僕は考えています。

それは、必要以上の理解をしようとしてしまって手をつける前から「たいへんそう」という気持ちが先行してしまい、結果問題の解決にいたらなかったり、特をする機会を自分から放棄してしまったりするからです。

大事なのは必要と同程度の理解をすることであって、何もプロフェッショナルになる必要はないのです。

だからこそ、まずはかんたんに全体像を把握するようにつとめ、必要なときは必要な分だけしらべて理解すればいい話なのです。

必要以上の理解を求める必要はない

ということで、今回は物事の全体像を把握することについて書いてきました。

必要以上の理解をしようとすると事前知識がないままプロレベルの情報が入ってきてしまい、自分の意欲を低下させたりそれが故に理解から遠のいてしまったりもします。

時折、無駄に必要以上の理解をしていないとモグリだなんて言う人がいますが、そもそも自分がいらないレベルまで理解をする必要なんてありませんよね。

時間は有限です。その中で無駄なことをするだけもったいないというもの。

仕事だけでなく、お金の使い方や制度利用など色々な場面で「理解」は必要とされるものです。

まずは全体像を把握することにつとめて、必要な理解を深め、実生活の改善に努めていってくださいね。

それでは、また。