【本音とたてまえの文化】相談するならはじめから本音を言ったほうが良いんじゃないかな

こんにちは、リュウです。

職種上、相談をよく受けることがありますが、解決できない問題もよくあります。

というのも、相談はしているものの本音を話してくれない人も多いんですよね。

日本には「本音とたてまえ」という言葉がありますが、そのとおりの行動をとる故に問題の解決にいたらないということも多いわけです。

そんな「本音とたてまえ」について今回は書いていこうと思います。

相談するならはじめから本音で話したほうが良い

上で書いたことを読んで貰えればわかるように、相談するならはじめから本音で話したほうが良いです。

たてまえは単に問題を先延ばしするだけで、なんの問題の解決にもならないからです。

本音は自分の正直なきもち

本音とたてまえのうち、「本音」の方は自分の感情・価値観のあらわれです。

自分が「こうだ‼」と思ったもの、それが本音ですよね。

何かしらの事柄に対して自分がカンジたことや判断したことが本音なわけで、本音の通りに動ければ自分はとても気持ちが良いわけです。

たてまえは外的要因から影響を受けている

一方、「たてまえ」は自分の感情や価値観と言うよりは他の要因の影響を強く受けます。

たとえば、社会的規範であったり世間の風潮、社会的立場などから影響を受けた「答え」です。

なので、たてまえの場合は自分の感情などはさておき、他者からの評価を考慮した判断と言えます。

本音は自分、たてまえは他人の意思

本音の場合は自分の感情・価値観をもとにしていて、たてまえは他人や社会をもとにした発言です。

つまり、本音からくる決断は自己決定、たてまえからくる決断は他者決定です。

僕ら相談職というのは自己決定が原則であって、何も他者決定をもとにはしていません。

その理由についても下に書いていきましょう。

人には感情がある

人というのは感情を持っています。

そして感情はとてつもない影響を及ぼすものであり、時になにかの原動力になり、時には何かの足かせにもなりえます。

そんな感情ですから人というのは感情に大きく左右される生き物なんですよね。

原動力となる感情

たとえば、自分がやりたいと思っていることや成し遂げたいと思っていることに対して人は時に夢中になります。

現代だとAppleやFacebookなどといった企業は有名ですが、これら企業の創業者も自分たちの成し遂げたいことや提供したいといった感情を原動力に動いたことで大きな企業にすることができたわけです。

ここまで大きなことをしなくても、自分のしたいことをするというのは感情を原動力としていけるため結果が伴って着やすいんですよね。

足かせとなる感情

一方、自分がやりたくない、納得していないと思っていることに対して人は夢中にはなれません。

子供の頃の夏休みの宿題などをはじめ、これまで多くの人がしたくないものを強制させられた経験があるでしょう。

そしてそれらは、結果として何を生み出したでしょう?結局のところ「嫌だ」という感情が足かせとなって結果はなかなかともないません。

子供の頃の夏休みの宿題の問題をあなたは覚えているでしょうか?覚えていることはまれですよね。

なぜなら「生半可に嫌だった」から覚えていないのです。

感情が影響を及ぼすのは結果だけではない

感情の向きようで結果がともないやすいかどうかということを書きました。

が、結果云々というよりも自己決定か他者決定かでは責任の矛先がちがいます。

自己決定は当然自分に、他者決定は自分以外の何者かに責任転嫁します。

感情の種類によって責任の所在は変わるわけで、それが故に納得の仕方も変わる。

人は自分で納得がいかないことをさせられると

本音とたてまえと感情のベクトル

原動力となる感情と、足かせとなる感情について書きました。

これらは本音とたてまえの関係と同じことを言っています。

本音

感情は原動力となる
結果がともないやすい
→感情のベクトルと行動が同じ方向性

たてまえ

感情は足かせとなる
結果がともないにくい
→感情のベクトルと行動が違う方向性

こんなカンジに分けて見てみるとわかると思います。

つまり本音の場合の方が自分で思ったことを行動に落とし込めるので結果が出やすい、一方たてまえは自分では思ってもいないことをしなきゃいけなくなるので結果は出にくいということです。

たてまえは相談には邪魔

もう1つ、相談の時に本音をいったほうがいい理由。

社会的に必要だと思われている「たてまえ」ではありますが、相談を受ける側にとっては邪魔なものです。

というのも、相談って問題を解決するためにするものですよね。

なのに、本音で話していないと問題は解決しないんです。

たてまえはあくまでも他者の意見

「本音」と「たてまえ」は比較対象としてつかいますよね。

本音だけで済めば、たてまえを準備する必要がないわけですから。

たてまえは本音とは対になる存在なんです。

ということは、例えたてまえをベースとした解決方法を試したところで相談者は納得できないわけです。

「働きたい」と話す利用者と親の意見

ここでよくある例を1つ上げておきたいと思います。

就労継続支援B型の事業所なので「一般就労したい」と話す利用希望の方が来ます。

しかしながら、実際に話しを聞いていくと本人は別に一般就労が目的ではないんですよね。

本人は少しばかり通所して工賃を稼いで、自宅に引きこもる生活からすこしばかり外に出る機会が得られればと思っています。

けれども同居する親からは一般就労を勧められ、「一般就労をしたい」と言ったほうが周りからなにか言われることもないのでたてまえを口にするわけです。

そういった中、本人が言ったままに一般就労を目指すためのプログラムを組むとどうなるでしょう?

たいていは事業所に来なくなるか、体調を崩すなどしてしまいます。

本人は日中活動として利用したいという本音のところ、たてまえとして他者の意見である「一般就労をしたい」ということを優先してしまうことで結果問題が大きくなってしまうという例です。

実際にこんなことが起きてしまうんですよね。

本音で話したほうがいいよね

ということで、相談者本人のためにも相談を受けてくれる相手のためにも本音で話したほうが良いです。

相談する人の体調が悪くなったり、今よりも悪い状況になったりするよりであれば、本音で話して今より状況がすこし良くなる方が良いとは思いませんかね。

ちなみに、相談職をしている専門職員の場合は本音で話したところで怒ったりはしないものです。

1度本音で話してみるというのも良いと思いますよ。

それでは、また。